
社会構造の変化を受け、柔軟に制度改正を行わなければ決して解決することのできない「所有者不明土地問題」。国もある程度の危機感を持って、この数年の間に新しい法律の制定や諸ルールの改正に力を入れてきた印象があります。
所有者不明土地問題を解決するには、既に日本各地に発生してしまった広大な面積の所有者不明土地を新たに活用するための利用しやすいルールや仕組みを設定すると共に、これ以上、所有者の分からない土地が新しく発生しないようにしていかなければなりません。これを受け、将来的に所有者不明土地を発生させないための解決策として、この度「相続登記の義務化」が法律で制定されました。
今回は、相続登記義務化へ至る背景とその詳しい内容、さらには相続登記義務化に関連するその他のルール改正について詳しく解説いたします。
目次
■相続登記されない土地があった背景とは?
土地を新たに所有することになった場合、登記簿の所有者の名義変更を行う必要があります。名義変更の理由は贈与や売買によるものもありますが、亡くなった人から相続により土地を譲り受けた場合、その名義を変更することは「相続登記」と呼ばれています。
これまで相続登記の手続は、「強制」ではなく「任意」とされていました。
戦後、日本の経済がどんどん成長し活気に満ちて行き人口も増加していった時代には、現在に比べ「土地を所有すること=資産として価値があること」という価値観が根強くありました。不動産の価格も上昇していたために、たとえ任意であっても相続登記をすることはごく当然のことという前提がありました。
しかし、バブル崩壊後に不動産価格が下がったことや、少子高齢化社会の進展、地方部での過疎化の進行等に伴い、利便性の高い一部の地域では依然として土地の価格が高い一方、そうでない土地の価値は低下するという状況が生まれていきました。
相続登記の手続には、少なからず費用等の手間がかかります。そこまで価値の高くない土地を相続した場合、「価格の低い土地だからわざわざ手間をかけてまで登記手続をするほどでもない」と感じ、登記手続をしないままにする人が自然と発生してきたというケースも多くあったようです。
このように、登記手続をしないまま長い年月をかけて代々土地が受け継がれ、結果的に土地の所有者がネズミ算式に増えていったことも所有者不明土地が増加してしまった要因のうちのひとつのようです。
また、価格の高い土地であっても、家族・親族関係が良好な場合はわざわざ手間をかけて相続登記の手続をしなくてもお互いの信頼関係のもとで土地の相続を完結させていたという例も少なくありません。
相続登記が任意であったとはいえ、法務局はこれまで30年以上相続登記がされておらず所有者不明になっている土地に関して、その関係者を調査したうえで手続を促す通知を行ってきました。
とはいえ、遺言書をはじめ戸籍謄本や住民票などの書類を集めて登記申請書と一緒にして法務局で手続をしなくてはならず、さらに長らく相続登記をしていなかった場合は相続人を正確に把握するために戸籍を各方面から取り寄せるなど、様々な情報を集めなくてはなりません。そのため、通知を受け取った人全てが必ずしも速やかに手続を進めるというわけではなく、相続登記を行わないことによる所有者不明土地問題の発生に依然として解決の兆しは見えていませんでした。
■相続登記の義務化にむけて
このような状況を受けて、令和3年に「民法等の一部を改正する法律」及び「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律」が成立しました。
これらの法律は、既に生まれた所有者不明土地を「利用しやすく」することと、今後の更なる「発生を防ぐ」という2つの観点をもとに、総合的に民事基本法制の見直しをはかったものです。
「利用しやすく」するために共有制度や財産管理制度などに関するルールが改正され、「発生を防ぐ」ためには相続登記及び住所変更登記申請の義務化や手続の簡素化・合理化がなされ、さらに相続土地国庫帰属制度などが設けられました。
これにより、今まで任意とされてきた不動産の相続登記が今後義務化されることとなりました。
相続登記の義務化は、令和6年4月1日に施行されます。
通常、法律が適用されるのは施行された後である場合が多いですが、今回の相続登記義務化については法律施行日前の相続にも適用されるため、注意が必要です。
具体的には、「施行日」または「自分の相続の開始を知って、かつ、所有権を取得したことを知った日」のどちらか遅い日から3年以内に登記の申請をしなくてはなくてはなりません。
正当な理由なく怠れば(土地を取得したことが明らかなのに申請を怠るなど悪質なケースの場合)10万円以下の過料を払わなければなりません。
「正当な理由」があると考えられる例としては、以下のようなケースが想定されています。
① 数次相続が発生して相続人の数が極めて多くなり、戸籍謄本等の必要資料の収集や他の相続人の把握に多大な時間を要してしまう場合 ② 遺言の有効性、遺産の範囲等が争われている場合 ③ 登記の申請義務を負う相続人自身に重病等がある場合 など
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さらに土地を相続した後、登記名義人の氏名や住所に変更が生じた場合も変更があった日から2年以内申請を行わなくてはならなくなりました。この場合も正当な理由なく怠れば、5万円以下の過料の罰則があります。
これは土地を相続した後にその所有者が転居をくり返すことでその所在が分からなくなり、所有者不明土地の発生に繋がってしまうことを防ぐ狙いがあります。
この義務については、今後相続登記義務化に遅れて施行される予定となっています。
■相続登記にまつわるその他の改正点
不動産を相続した場合、相続人は一定の期間内に相続登記の手続を行わなくてはならなくなり、一見負担感が増すような印象を持つ人もいるかもしれません。
それを踏まえ、今回の相続登記の義務化の動きと共に通常の相続登記よりも簡略化された登記制度が作られたり、ルールをより簡素化したりする取り組みも見受けられます。
ここではその一部をご紹介します。
相続人申告登記(仮称)の創設
例えば、遺産分割協議がすぐにまとまらない時などに、土地を相続しその申請義務のある人が「登記名義人について相続が開始したこと」および「自らが登記名義人の相続人であること」を登記官に申し出ることで、相続登記などを申請する義務を履行したものとみなすという制度です。
この相続人申告登記は、いわゆる所有権を移転する相続登記ではなく、報告的な登記という位置づけとされています。そのため、後に遺産分割協議が決着して土地を取得した際には、協議の日から3年以内に所有権移転の登記=相続登記を行う必要があります。
遺贈による所有権移転登記手続の簡略化
これまで、遺贈による所有権移転登記は、相続人全員(遺言執行者がいるときは遺言執行者)と遺贈を受ける人が共同で登記申請をする必要がありました。しかし、単独で行う場合に比べると共同での登記申請は煩雑なものであることから、簡略化のために相続人に対する遺贈に限り、遺贈を受ける人単独で登記申請ができるようになります。
法定相続分での相続登記後の登記手続の簡略化
法律で定められた相続分(法定相続分)での相続登記が行われた後に、遺産分割協議がなされ、法定相続分とは異なる内容で土地を取得することになった場合、これまでは持分を新たに取得する相続人と持分を失う相続人が共同で持分移転の登記申請をしなくてはなりませんでした。しかし、前述の遺贈による登記手続と同様に、共同での申請を簡略化するため、更正登記という形で持分を取得する相続人が単独で登記申請を行えるようになります。
■相続した土地を手放すことも可能に
土地を持つことへの価値が昔に比べて低下しつつある昨今、土地を相続することを手放しで喜べないケースも珍しくありません。特に、利便性に欠ける地域や利用するあてのない土地を相続した際、譲渡したくても譲渡先が見つからない場合はそのまま放置されてしまうこともあります。この「望まない土地の相続」が所有者不明土地を生み出す原因のひとつともなってしまっています。
そこで、今回の法改正では今まで法律上の規定がなく認められていなかった土地の所有権の放棄についても新たに定められることになりました。これが「相続土地国庫帰属制度」です。(令和5年4月施行)
相続土地国庫帰属制度では、相続または遺贈によって土地を取得したものの、その土地の所有を望まない場合に法務大臣(各地の法務局を通じて)に申請し、承認を得た上で国庫に帰属させることができます。つまり、土地を所有し続けることの負担が大きく「もう土地を手放したい」と思った時に、国有地にしてもらうことができるという制度です。
ただし、どんな土地でも国庫へ帰属させることができるとしてしまうと土地の管理コストを国へ転嫁したり、土地の管理をおろそかにしたりするおそれがあるため、一定の要件を設定しています。
① 建物の存する土地 ② 担保権又は使用及び収益を目的とする権利が設定されている土地 ③ 通路その他の他人による使用が予定される土地として政令で定めるものが含まれる土地 ④ 土壌汚染対策法上の特定有害物質により汚染されている土地 ⑤ 境界が明らかでない土地その他の所有権の存否、帰属又は範囲について争いがある土地
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(法務省「所有者不明土地の解消に向けた民事基本法制の見直し(民法・不動産登記法
等一部改正法・相続土地国庫帰属法)」より抜粋)
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00343.html
これらのいずれかに該当する場合、法務大臣は承認申請を却下しなければならないと定められており、その他にも費用・労力の過分性について個別の判断を要するものについては不承認要件が設定されています。
却下、不承認処分のいずれの場合でも、行政不服審査や行政事件訴訟で不服の申立てが可能となっています。
法務大臣の承認を受けることができた場合、申請者は土地の性質(面積や周辺環境等)に応じて算出された標準的な10年分の管理費用を支払うことが求められ、それまでに農用地や森林地として利用されていた土地は農林水産大臣が管理・処分し、それ以外の土地は財務大臣が管理・処分を行います。
■まとめ
今回ご紹介したのは、令和3年に成立した「民法等の一部を改正する法律」及び「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律」で成立・改正された制度のうちのほんの一部にすぎません。しかし、相続登記の義務化に加えて、土地を相続することで生じる様々な負担を軽減するためのルール作りが少しずつ進められていったことを感じていただけたのではないでしょうか。
土地を相続しても登記申請を行わないことで所有者が分からなくなってしまうということが常態化していたことからも、この法律の成立は所有者不明土地問題解決に向けて実に大きな一歩となったといえるでしょう。
法律の施行前から相続登記義務が発生することになったとはいえ、まだ成立からわずかな時間しか経っていません。そのため、義務化の効果が着実に現れてくるようになるにはまだしばらく年月を必要としそうです。
しかしながら、長らく増加し続けていた所有者不明土地の発生は、今回の相続登記の義務化によって確実に歯止めをかけることができるでしょう。
そして、個人レベルで土地を相続することになった場合、速やかに登記申請手続きを行うことをぜひ念頭に置いておきたいものです。
<参考>
・法務省 「令和3年民法・不動産登記法改正、 相続土地国庫帰属法のポイント」https://www.moj.go.jp/content/001360808.pdf
・法務省 「所有者不明土地の解消に向けた民事基本法制の見直し(民法・不動産登記法等一部改正法・相続土地国庫帰属法)」
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00343.html
・司法書士法人 不動産名義変更手続センター
「【令和6年4月1日より開始】相続登記の義務化(今後どうなる?)」
https://www.meigi-henkou.jp/16130337523182
・朝日新聞社運営のポータルサイト 相続会議
「相続登記の申請義務化が決定2024年までに施行される制度を解説」
https://souzoku.asahi.com/article/14336499
・大和ハウス工業 「『所有者不明土地』とは?~増加する理由と問題点について~」
https://www.daiwahouse.co.jp/tochikatsu/souken/scolumn/sclm341-2.html
・国土交通省 「令和2年度『土地問題に関する国民の意識調査』の概要」
https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/content/001408334.pdf