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相続財産の大部分が不動産で占められている場合や、事業承継に伴う相続税の支払いが必要なケースでは、一括での納税が困難となり、資産の売却を余儀なくされるなどの問題が発生します。その際に活用できるのが相続税の延納制度です。
延納制度とは、相続税の納付を一定期間猶予し、分割して支払うことを認める制度です。しかし、延納制度の利用には厳格な条件があり、適切な手続きと管理が求められます。
そこで本記事では、延納制度の概要や適用条件について詳しく解説します。
目次
相続税の延納制度とは
相続税の延納制度は、相続税の納付を一定期間猶予し、分割して支払うことを認める制度です。
通常、相続税は相続開始を知った日から10ヶ月以内に一括で納付する必要がありますが、この制度を利用すると、条件付きで分割払いが可能となります。
相続税の支払いに際し、現金が不足する場合や、相続財産の大部分が不動産などの換金しにくい資産で占められているケースにおいて、延納制度は有効な選択肢となるでしょう。
ただし、延納が認められるには一定の要件を満たす必要があり、申請手続きも必要です。
延納制度を利用する際は、利子税が発生することに注意が必要です。利子税率は延納期間や相続財産の内容によって異なりますが、一般的に金融機関からの借入金利よりも高くなる傾向にあります。
そのため、延納を選択する前に、他の資金調達方法との比較検討が重要となります。
延納が必要となる状況はいつ?
相続税の延納が必要となる状況は、主に相続財産の構成や相続人の経済状況に起因します。典型的なケースとしては、相続財産の大部分が不動産で占められている場合が挙げられます。
例えば、都心部の高額な土地や建物を相続すると、相続税額が高額になる一方で、すぐに現金化できない状況に陥ることがあります。
不動産を売却して相続税を支払うという選択肢も考えられますが、不動産市況や売却にかかる時間を考慮すると、10ヶ月という申告期限内での対応が難しくなる可能性も出てきます。
さらに、相続人自身の経済状況によっても延納の必要性が生じかねません。相続財産の評価額が高くても、実際に手元にある現金が少ない場合や、相続人の収入状況によっては一括払いが困難になるケースも想定されます。
こうした状況下で延納制度を活用することで、相続人の経済的負担を軽減し、計画的な納税を実現できる可能性が高まります。
延納が認められる4つの要件
延納が認められるためには、以下の4つの要件をすべて満たす必要があります。
- 相続税額が10万円を超えていること
- 金銭で納付することが困難な金額の範囲内であること
- 延納税額および利子税の額に相当する担保を提供できること
- 延納申請書および担保提供関係書類を期限までに提出できること
特に2番目の要件については、相続財産の構成や換金の困難さを考慮して判断されます。例えば、相続財産の大部分が不動産である場合や、事業用資産が含まれている場合などが該当します。
延納可能な期間と金額の上限
延納可能な期間は、相続財産に占める不動産等の割合によって、以下のように異なります。
- 不動産等の割合が75%以上の場合は最長20年
- 50%以上75%未満の場合は最長15年
- 50%未満の場合は最長5年
延納可能な金額の上限は、原則として納付すべき相続税額から納付可能な金額を差し引いた額となります。ただし、延納税額が100万円以下で、かつ延納期間が3年以下の場合は担保提供が不要になるなど、金額によって取り扱いが異なる場合もあります。
相続税の延納の手続き方法
相続税の延納を申請するには、所定の手続きを踏む必要があります。この手続きは主に2つの段階に分けられます。
- 手順①:必要書類の準備
- 手順②:申請書類の提出
それぞれ個別にみていきましょう。
手順①:必要書類の準備
延納申請に必要な書類を整えることから手続きは始まります。主な必要書類は以下のとおりです。
<延納の必要書類>
- 相続税延納申請書
- 金銭納付を困難とする理由書
- 延納申請書別紙(担保目録及び担保提供書)
- 不動産等の財産の明細書
- 担保提供関係書類
これらの書類は国税庁のウェブサイトからダウンロードできるものもありますが、一部は自身で作成しなければなりません。特に「金銭納付を困難とする理由書」は、延納が必要な理由を明確かつ具体的に記載することが重要です。
担保提供関係書類は、提供する担保の種類によって異なります。例えば、土地を担保とする場合は、登記事項証明書や固定資産税評価証明書などが必要になります。
これらの書類の取得には時間がかかる場合もあるため、余裕を持って準備を進めることが大切です。
手順②:申請書類の提出
必要書類がすべて揃ったら、次は提出の段階です。申請書類は、被相続人の住所地を管轄する税務署に提出します。提出の期限は、原則として相続税の納付期限と同じく、相続の開始があったことを知った日の翌日から10ヶ月以内です。
提出の際は、以下の要素を把握しておきましょう。
- 提出期限を厳守すること(期限を過ぎると原則として延納は認められない)。
- 書類に不備がないか、提出前に再度確認すること。
- 担保提供関係書類の準備に時間がかかる場合は、「担保提供関係書類提出期限延長届出書」を提出することで、最長6ヶ月まで提出期限を延長可能である。
なお、申請から許可までには一定の審査期間が必要です。そのため、申請後もすぐに結果が出るわけではありません。
申請から許可までの間に納付期限が来る場合は、延納が認められることを前提に、分割納付計画に基づいて納付を行う必要があります。
延納の手続きは複雑で、専門的な知識が求められます。不明な点がある場合は、税理士などの専門家に相談することをお勧めします。適切な手続きを行うことで、延納制度を有効に活用し、相続税の納付を円滑に進めることができるでしょう。
延納時の担保について
相続税の延納を申請する際、納税者は延納税額と利子税に相当する担保を提供する必要があります。この担保は、延納期間中の納税を確実にするための保証として機能します。
担保の選択と評価は延納申請の重要な要素であり、適切な対応が求められます。
担保として認められる財産
国税庁は、担保として認められる財産を明確に定めています。主な財産には以下のものが含まれます。
- 国債および地方債
- 税務署長が確実と認める社債やその他の有価証券
- 土地
- 建物、立木、登記される船舶、飛行機(保険に加入しているもの)
- 鉄道財団、工場財団などの各種財団
- 税務署長が確実と認める保証人の保証
これらのなかから、処分が容易で価値の変動が少ないものが優先的に選ばれます。特に、土地や建物などの不動産が担保として多く利用されています。一方で、換金性の低い資産や価値の変動が大きい資産は、担保として適さない可能性があります。
担保の評価方法と必要額
担保の評価は、原則として時価によって行われます。ただし、土地や建物などの不動産については、固定資産税評価額や路線価を基準にした評価も認められています。
必要な担保額は、延納税額に第1回目の分納期間にかかる利子税の額の3倍を加えた金額以上である必要があります。
例えば、延納税額が1,000万円で、第1回目の分納期間の利子税が20万円の場合、必要な担保額は1,060万円(1,000万円 + 20万円 × 3)以上となります。
延納の利子税について
延納を利用する場合、納税者は延納期間中に利子税を支払う必要があります。この利子税は、延納という特例的な措置を利用することへの対価として課されるものです。
利子税の計算方法
利子税は、延納税額に対して日割りで計算されます。計算式は以下のとおりです。
- 利子税 = 延納税額 × 利子税率 × 延納日数 ÷ 365
ここで注意すべき点は、利子税率が延納期間や相続財産の構成によって異なることです。また、延納税額が減少するにつれて、利子税も減少していきます。
例えば、延納税額1,000万円、利子税率1.6%、延納期間1年の場合、利子税は16万円(1,000万円 × 1.6% × 365日 ÷ 365日)となります。
利子税率の一覧
利子税率は、相続財産に占める不動産等の割合によって異なります。主な利子税率としては、以下が挙げられるでしょう。
<不動産等の割合が75%以上の場合>
- 動産等に係る延納相続税額:年1.3%
- 不動産等に係る延納相続税額:年0.8%
<不動産等の割合が50%以上75%未満の場合>
- 動産等に係る延納相続税額:年1.3%
- 不動産等に係る延納相続税額:年0.8%
<不動産等の割合が50%未満の場合>
- 一般の延納相続税額:年1.6%
これらの利子税率は、経済情勢に応じて変動する可能性があります。そのため、延納を検討する際は、最新の利子税率を確認することが重要です。
また、利子税率が金融機関の貸出金利よりも高い場合は、金融機関からの借り入れを検討するなど、総合的な判断が求められます。
延納のメリットとデメリット
相続税の延納制度は、納税者にとって大きな選択肢となりますが、その活用には慎重な検討が必要です。
延納にはさまざまなメリットとデメリットが存在しますので、それぞれ個別にみていきましょう。
延納のメリット
延納の最大のメリットは、相続税の納付を分割して行えることです。これにより、一時的な資金負担を軽減し、計画的な納税が可能になります。特に、相続財産の大部分が不動産や事業用資産など、すぐに換金しにくい資産で占められている場合に有効です。
また、延納を利用することで、相続した資産を売却する必要性が減少します。これは、家族の思い出が詰まった実家や、長年営んできた事業を継続したい場合に大きな意味を持ちます。資産の急激な売却を避けることで、相続人の意思を尊重しつつ、相続税を納付することができます。
延納期間中に相続した資産の価値が上昇した場合、結果的に有利な条件で納税できる可能性もあります。特に不動産価格の上昇が見込まれる地域では、この点も考慮に値するでしょう。
延納のデメリット
一方で、延納にはいくつかのデメリットも存在します。
最も大きな問題は、利子税の発生です。延納期間中は利子税を支払う必要があり、これは実質的な追加負担となります。金融機関からの借入金利と比較して高くなる場合もあるため、慎重な検討が必要です。
また、延納の申請には複雑な手続きと多くの書類提出が必要です。これらの準備には時間と労力がかかり、専門家のサポートが必要になることも多いでしょう。
さらに、延納中は提供した担保の処分が制限されます。これにより、資産の有効活用や新たな投資の機会を逃す可能性があります。特に、不動産を担保として提供した場合、その売却や活用に制限がかかることは大きなデメリットとなり得ます。
延納と物納の違い
相続税の納付方法として、延納と並んでよく知られているのが物納制度です。両者は共に相続税の納付を助ける制度ですが、その性質や適用条件は大きく異なります
物納制度の概要
物納制度とは、金銭での納付が困難な場合に、相続した財産そのものを国に納付することで相続税を清算する制度です。
物納が認められる財産には順位があり、第一順位は国債や地方債、上場株式などの有価証券、第二順位は不動産、第三順位はその他の財産となっています。
物納の申請には厳格な要件があり、単に納税者の都合だけでは認められません。金銭納付が困難であることの証明や、物納する財産の適格性など、さまざまな条件をクリアする必要があります。
また、物納が許可されると、その財産の所有権は国に移転するため、相続人はその財産を完全に手放すことになります。
延納と物納の選択基準
延納と物納の選択は、相続人の状況や相続財産の性質によって判断されます。延納は分割払いによる納税を可能にしますが、最終的には金銭での納付が前提となります。一方、物納は財産そのものを納付するため、金銭を用意する必要がありません。
延納を選択する基準としては「将来的に納税資金の確保が見込める」「相続財産を手放したくない」場合などが挙げられます。例えば、事業用資産を相続し、その事業からの収益で相続税を払っていく計画がある場合、延納が適しているでしょう。
物納を選択する基準としては、金銭納付の見込みが全くない場合や、相続財産の中に国が受け入れやすい財産(国債など)がある場合などが考えられます。また、相続財産の管理や維持が困難な場合にも、物納が選択肢となる可能性があります。
両制度の選択に際しては、税理士などの専門家に相談し、自身の状況に最も適した方法を選ぶことが重要です。延納と物納は、それぞれ異なる性質を持つ制度であり、慎重な検討が必要です。
延納の具体的な事例
相続税の延納制度は、さまざまな状況下で活用されています。例えば、以下のようなケースです。
- 不動産が相続財産の大部分を占める場合
- 事業承継に伴う相続税が発生した場合
それぞれ詳しく解説します。
不動産が相続財産の大部分を占める場合
都心部に広大な土地を所有していた父親が他界し、その土地を一人息子が相続したケースを考えてみましょう。
相続した土地の評価額は5億円で、これに基づく相続税額は約1億5000万円と算出されました。しかし、息子の手元にある現金は3000万円程度しかありません。
この場合、延納制度を利用することで、相続税の分割払いが可能になります。不動産の割合が75%以上なので、最長20年の延納が認められます。息子は手元の現金3000万円を初回の納付に充て、残りの1億2000万円を20年間で分割して支払うことになります。
この延納により、息子は相続した土地を売却することなく相続税を納付できます。ただし、延納期間中は利子税が発生するため、総支払額は若干増加することになります。
事業承継に伴う相続税が発生した場合
創業者である父親から会社を相続した娘のケースを見てみましょう。相続財産には、非上場株式(評価額3億円)と事業用不動産(評価額2億円)が含まれており、相続税額は約2億円と算出されました。
娘は事業を継続したいと考えていますが、会社の資金を相続税の納付に充てると、事業の継続に支障をきたす可能性があります。そこで延納制度を利用し、15年間の分割納付を選択しました。
この延納により、娘は事業を継続しながら計画的に相続税を納付することが可能になります。また、事業用資産を担保として提供することで、追加の資金調達の必要性も減少します。
延納申請が却下されるケースはある?
相続税の延納制度は、納税者にとって有用な選択肢ですが、すべての申請が認められるわけではありません。税務署による厳格な審査があり、一定の条件を満たさない場合には申請が却下されることがあります。ここでは、延納申請が却下されるケースとその対応策について解説します。
却下される主な理由
延納申請が却下される最も一般的な理由は「納付困難」と認められないケースです。税務署は申請者の資産状況や収入を総合的に判断し、一括納付が可能と判断した場合、延納を認めません。
例えば、相続人が高額な預金や投資資産を保有している場合、たとえ相続財産の大部分が不動産であっても、延納が認められない可能性が高くなります。
もう1つの大きな理由は「担保の不足」です。延納申請時には、延納税額および利子税に相当する担保を提供する必要があります。提供された担保の評価額が不足している場合や、担保として適切でない資産が提供された場合、申請が却下されるリスクが高まります。
特に注意すべきは、価値の変動が大きい資産や処分が困難な資産です。これらは担保として認められにくい傾向にあります。
税務署は安定的で換金性の高い資産を担保として求めるため、これらの資産を提供すると却下される可能性が高くなります。
却下された場合の対応策
延納申請が却下された場合でも、すぐに諦める必要はありません。状況に応じて、いくつかの対応策を検討することができます。
まず考えられるのは、却下の理由を確認し、不備を修正した上で再申請を行うことです。例えば、担保が不足していた場合は、追加の担保を提供することで再申請が認められる可能性があります。
また、納付困難と認められなかった場合は、より詳細な資金計画を提示することで、再考の余地が生まれるかもしれません。
再申請が難しい場合は、他の納税方法を検討する必要があります。
1つの選択肢として「物納制度」の利用が挙げられます。物納とは、金銭の代わりに相続財産そのものを国に納付することで相続税を清算する制度です。ただし、物納にも厳格な要件があるため、事前に詳細な検討が必要です。
また、金融機関からの借入や、相続財産の一部売却など、他の方法での資金調達を検討することも重要です。特に、不動産を相続している場合は、その一部を売却することで納税資金を確保できる可能性があります。
延納中の注意点
延納が許可されると、税務署から「延納許可通知書」が送付されます。この通知書には、各回の納付期限と納付金額が明記されています。通常、納付は年1回ですが、状況によっては半年に1回のケースもあります。
納付方法としては、主に以下の3つが考えられます。
- 金融機関や税務署窓口での納付:納付書を使用して現金で支払う。
- 口座振替:事前に登録した口座から自動的に引き落とされる。
- 電子納税:インターネットバンキングやクレジットカードを利用して納付する。
期日管理は極めて重要です。納付期限を過ぎると、翌日から年14.6%(本税額が100万円以下の場合は年7.3%)という高率の延滞税が課されます。そのため、以下のような管理方法を活用することをお勧めします。
- スマートフォンのカレンダーアプリにアラートを設定する
- 家族にも納付期限を共有し、複数人で管理する
- 納付日の1週間前にリマインダーを設定する
また、納付の都度、領収書や納付書の控えを保管しておくことも大切です。これらの記録は、将来的に税務調査等があった際の証拠となります。
延納で繰上げ返済は可能なのか?
延納中であっても、資金的な余裕ができた場合には繰上返済を検討できます。繰上返済には次のようなメリットがあります。
- 利子税の総額を抑えられる
- 担保として提供している財産の制限を早期に解除できる
- 相続税に関する心理的負担から早く解放される
繰上返済を行う場合の手続きは以下のとおりです。
- 手順①:所轄の税務署に連絡し、繰上返済の意向を伝える
- 手順②:税務署から「延納条件変更申請書」などの必要書類を受け取る
- 手順③:必要事項を記入し、税務署に提出する
- 手順④:申請が認められると、新たな納付書が発行される
- 手順⑤:発行された納付書で繰上返済を行う
繰上返済は、延納税額の全額を一括で返済することも、一部を返済することも可能です。一部繰上返済の場合、残りの延納期間や毎回の納付額が再計算されます。
ただし、繰上返済を行う際は以下の点に注意が必要です。
- 次回の定期納付日が近い場合、その納付も含めて繰上返済を行うと手続きが一度で済む。
- 繰上返済後も、当初設定された担保はそのまま維持される。
- 担保の一部解除を希望する場合は、別途「延納条件変更申請書」の提出が必要。
延納中の適切な管理と返済は、相続税納付を円滑に進める上で非常に重要です。不明点がある場合は、遠慮なく税務署や税理士に相談することをお勧めします。専門家のアドバイスを受けることで、より確実な納税計画を立てることができるでしょう。
まとめ
続税の延納制度は、一括納付が困難な相続人にとって有効な選択肢となりますが、その利用には慎重な検討が必要です。延納が認められるための条件、担保の提供、利子税の発生など、考慮すべき点は多岐にわたります。
また、延納中の適切な管理と返済も重要です。延納制度を活用するか否かの判断は、相続財産の構成や相続人の経済状況、将来の見通しなど、多くの要因に左右されます。
そのため、延納制度の利用を検討する際は、税理士や弁護士などの専門家に相談することをおすすめします。